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  •  第2回全日本フォークジャンボリー (1970)

開催の記録

日時          1970年8月8日 13:45開幕、9日 12:00閉幕
参加人数                       約7700人
入場料                           800円

出演者 アマチュアグループ(なぎら健壱、ひがしのひとし、酒井萠一、バラーズ 他) インスタンツ(モンタ頼命、中川イサト他)、アテンション・プリーズ、金延幸子、高田渡、岩井宏、加川良、 のこいのこ、はしだのりひことマーガレッツ、小野和子、田楽座、遠藤賢司、五つの赤い風船、チェコスロバキヤ・スルク大舞踏合唱団、村岡実と ニュー・ディメンション、リチャード・パイン&カンパニー、淺川マキ、岡林信康 、はっぴいえんど、南正人、藤原豊、高橋照幸(休みの国)、シバ、上久保雄志、ケニー・バイル、加藤ヒロシとP36、山平和彦、斉藤哲夫、六文銭 、ソルティ・シュガー、赤い鳥、高橋キヨシ、杉田二郎と一億分の4

      

解説

第2回目となるこの年は同年公開の映画「ウッドストック」の相乗効果もあってか前年の約3倍の8000人弱を集客した。Love & Peaceをスローガンとしたアメリカの野外 コンサートを擬似体験したいというミーハー層も少なからずいたと思われるが、それとは関係なくコンサート自体は大きなトラブルもなくまたスタッフも慣れたせいもあり 前年よりもはるかにスムーズに進行した。会場規模に対しての動員人数もほぼ適正で、アマチュアリズムとレコード会社やプロダクション、マスコミなどの力関係のバランス も比較的良好であったと思われる。
相変わらずの人気だった岡林信康がメインではあったが、加川良、斉藤哲夫、はっぴいえんど、なぎらけんいちなどこのコンサートでのパフォーマンスをきっかけに注目を浴 びたアーティストも多く、新しい世代の台頭も感じさせるコンサートであった。

       

エピソード

前年の第1回には参加していた高石友也は今回は不参加。数年の過密なスケジュールなどにより1969年の暮れに一旦活動を停止し渡米もしていたが、帰国後は自身の目指す 音楽性とオリジナル曲を重視する当時の風潮とも合わず、本格的な再活動を見せるのはジャンボリー終了後の1971年以降となる。
どちらかと言うと反URCの無頼派シンガーであった南正人は当初このコンサートに出演予定はなかったが、岡林信康の後に突如ステージジャック的に飛び入り、裸になって熱演し たという。ステージ側にいたスタッフも訳が分からず、ポカンとしていたとか・・・彼らしいエピソードである。

      

音源・映像

・この年はキングレコード(六文銭が所属)の社員であった三浦光紀氏が会社の反対を押し切って同じく社内の若手の仲間とアルバイトでスタジオの録音機材を持ち出してほ ぼ全曲録音している。(会社いわく「野外で雨が降ったら機材がだめになるから。」・・・もっともな話ではある。)
ステージでの写真を見るとノイマンなどの超高価なコンデンサーマイクが立っているのが分かるが、そんなスタジオクオリティの機材を使って録音されただけあって音質は現在の 耳で聴いても実に素晴らしいものである。当時はレコーダーも4チャンネルが主流だったが(サブミキサーを使えば16チャンネルくらい?)、生楽器主体のフォークだとさして問題 にはならず、むしろ相性が良かったのかも知れない。
映像は16ミリの記録映画「だからここに来た」(約90分)が製作され、数度の上映会とBSでのオンエアがあっただけで幻の映画となっていたが、2010年12月にめでたくポニーキャニオンからDVDとして発売された。〔残念な がら2曲ほどカットされていたが・・・)

      
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